主日礼拝メッセージ(赤文字をクリックするとメッセージが聴けます。MP3ファイル)

使徒19:1-20 「主イエスの名によって」  齋藤牧師

【今週のみことば】
「これを聞いた彼らは、主イエスの名によってバプテスマを受けた。」(使徒の働き19:5)

【礼拝メッセージ要旨】

パウロは、第3回目の伝道旅行に出発し再びエペソを訪ね、約3年間に渡り滞在し、宣教活動を行います。今日は、エペソでの出来事から、「主イエスの名」について思いを巡らしたいと思います。

1)エペソでの出来事
再びエペソを訪ねたパウロは、ある12人の人たちに出会います。彼らは、バプテスマのヨハネの教えを聞いて、「罪の悔い改め」に目覚めて、ヨハネのバプテスマを受けていました。しかし、それだけでは、「罪の赦し」を受けるには不十分でした。イエスの十字架とよみがえりの意味をよく理解していなかったのです。そこでパウロは、イエスこそがキリスト(救い主)であることを彼らに教え、彼らはイエスを自分の救い主として信じて、「主イエスの名によって」バプテスマを受けました。この12人の人たちはパウロによって信仰が確かにされて、その後エペソ教会の中心的な働きを担っていったと思われます。

その後、パウロはユダヤ人の会堂に行って、三か月に渡り大胆に福音を語ります。しかし、やがてパウロに公然と反対する者たちが現われて、イエスを信じる信仰について罵るようになります。そこでパウロはユダヤ人の会堂からティラノの講堂に移り、2年間に渡って福音を語り続けました。その結果、エペソからアジア州全体に福音が広まって、ユダヤ人もギリシア人も多くの人たちが福音を聞いて、救われる人が起こされていきました。

また、神はパウロに奇跡を行なう力を与え、病人をいやし、悪霊を追い出します。そんなパウロの姿を見た祭司長スケワの7人の息子たちは、パウロの真似をして試しに主イエスの名を唱えますが、悪霊から打ち負かされてしまいます。この事件はやがて町の人々に知れ渡り、イエスの名はますます知られ、人々からあがめられるようになり、信じた人々の間に「悔い改め」がなされていきました。彼らは自分たちの罪を告白し、魔術を行なっていた人たちは、高価な書物を惜しみなく焼き捨てたのです。「こうして、主のことばは力強く広まり、勢いを得ていった。」(20)力強く宣教がなされていきました。

2)「イエスの名」について
エペソを中心に、どうしてこれほど力強く福音が広まったのでしょうか?パウロの活躍の背後に、「主イエスの名」の力が働いていたと思います。パウロが、12人の人たちに福音を伝えた時、彼らは「主イエスの名」によってバプテスマを受けました。スケワの7人の息子たちは、試しに「主イエスの名」を唱えてみた時に、悪霊は彼らにイエスへの信仰がないことを見抜いて彼らを打ち負かしました。また、その出来事を知ったエペソの人々は、ますます「主イエスの名」をあがめるようになりました。そのように、今日の箇所には、「主イエスの名」によってなされたことが描かれています。この「主イエスの名」には、どんな意味があるのでしょうか?そこで最後に、「主イエスの名」について、少し考えてみたいと思います。

聖書に登場する人物の名前は、その人の性格や生き様を表わしているようです。「神の名」という時も、神様の本質とかご性質(神はどういうお方なのか)ということを表わしています。では、「イエスの名」とは、何を表わしているでしょうか?特に、「罪からの救い主」としてのご性質と、なされたみわざのことを指しています。イエス様は、私たちを愛し、神から離れていた私たち人間を神との関係に入れようとして、自らを低くして、人となってこの世界に降りて来られました。そして、十字架で、私たちの罪を負って、ご自身のいのちをもって私たちの罪の代価を支払ってくださいました。このイエス様が、私の罪のために死なれて、私の罪を贖ってよみがえられた、と信じる時に、その人に、罪の赦しと救いがもたらされます。「イエスの名を信じる」とは、このことを意味しています。

また、私たちは、「イエスの名によって祈り」ます。「わたしの名によって父に求めるものは何でも、父はあなたがたに与えてくださいます。」(ヨハネ16:23) イエス様は、「わたしの名によって」父なる神に求めなさいと言われました。イエスの名によって祈るということは、「イエスの権威によって祈る」ことと言えます。私たちが、イエスへの信仰をもって心から祈りをささげる時に、その祈りはイエス様によって父なる神様に確実に届けられるということです。イエス様が間に立って、私たちを父なる神様との関係に入れてくださいました。だからこそ、主イエスの名によって祈りをささげる時に、その祈りは父なる神様に届いていて、聞いてくださるのです。

3)イエスの名の力
そのように、「主イエスの名」には力があります。今日の箇所の出来事からもそのことがうかがえます。あの12人は、主イエスの名によってバプテスマを受けました。主イエスの名には、人に救いをもたらす力があります。私たちも、主イエスの名を信じて救いをいただいて、神様のものとされたことを覚えて、感謝をおささげしたいと思います。また、悪霊は、イエスの名を恐れていました。悪霊もイエスの名の力にはかなわないのです。イエス様に信頼して従っていく時に、サタンのどんな惑わしや攻撃からも守られる、ということ確信したいと思います。そして、エペソの人々は、主イエスの名をあがめて生活を改めました。イエスの名には、人を変える力があります。私たちも日々悔い改めをしながら、イエス様に似る者へと変えられていきたいと思います。

「主イエスの名」には大きな力がある、ということを改めて確認したいと思います。そして、私たちの内にも、主イエスの名の力が働いていることを信じて、イエス様に信頼し、イエス様とともに人生を歩み続けてまいりましょう。