主日礼拝メッセージ(赤文字をクリックするとメッセージが聴けます。MP3ファイル)

コロサイ人への手紙1:13-23 「御子による罪の赦し」  齋藤牧師

【今週のみことば】
「今は神は、御子の肉のからだにおいて、しかもその死によって、あなた方をご自分と和解させてくださいました。(コロサイ1:22)

【礼拝メッセージ要旨】

今日の箇所でパウロは、キリストとはどういうお方で私たちのために何をしてくださったのか語り、コロサイの信徒たちに信仰の土台となることを確認し、励ましています。

1)暗闇の力からの解放
神様は、私たちを暗闇の力から解放して神様のご支配の中へと移し入れてくださいました(13)。これが聖書の言う「救い」です。「贖い」という言葉には、「売られた奴隷を代価を支払って買い戻す」という意味があります。神様は、罪の奴隷となっている私たち人間を解放するために、大きな代価を支払ってくださいました。その代価とは、「神の御子、イエス・キリスト」です。

2)「御子」とは?
続いてパウロは、その「御子」について語ります。「御子」は英語では、「the Son」(たった一人の、特別な息子)となっています。これは、神様とイエス様の関係が「父と子」の関係にあることを表しています。御父は御子を愛し、御子は御父に従う、そういう関係です。その「御子」は、「見えない神のかたち」(15)であり、「造られたすべてのものより先に生まれた方」(15)だと言っています。イエス様を見れば神様のことが分かり、イエス様は世界の創造の初めから存在しておられたお方である、ということです。つまり、イエス様は神ご自身であることが分かります。また、「万物は御子によって造られ」(16)、「万物は御子によって成り立っている」(17)というのです。イエス様はこの世界を愛し、保っておられます。さらに、「御子はそのからだである教会のかしら」(18)であり、「すべてのことにおいて第一のものとなられた」(18)と言っています。私たちにとって、イエス様はなくてはならない一番大切なものとなっているでしょうか。また、イエス様のうちには神の完全な本質が宿っています(19)。神の御子であるイエス様は、完全な神ご自身であり、教会のかしらとなって、すべてのことにおいて第一のものとなられたのです。

3)御子による救い
この御子イエス様が私たちのために何をしてくださったのか、パウロは語っています。「その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです」(20)神と人間の関係は最初の人アダムが神に背いた時から遠く離れてしまいました。その結果、人は罪に支配されるようになったのです。神様はそんな人間のことを心配されて、絶たれていた関係を回復しようとされました。そのためには人の罪が償われなければなりません。そこで神様はご自分のひとり子イエス様を人としてこの世界に遣わすことをご計画されました。十字架で罪汚れのないイエス様の血が流されたことで、それを信じる者たちの罪が赦され、神様との関係が回復される道が開かれました。これが、神様が私たちのためになしてくださった「和解」です(22)。これは神様の一方的な恵みによることでした。これほどまでに私たちは神様に愛されているのです。
「それはあなたがたを、聖く、傷なく、非難されるところのない者として御前に立たせるためでした」(22)これは、イエス様を信じた人は全く聖くされるということではありません。私たちの中には依然として罪の性質が残されていて、完全にはなれません。それでも神様は、イエス様の十字架の血によって不完全な私たちのことを「聖い」と認めて受け入れてくださいます。

4)信仰に踏みとどまれ
パウロはコロサイの信徒たちに勧めをしています(23)。このところから特に2つのことに目を留めたいと思います。
①一つは、「しっかりとした土台の上に立つ」ことです。私たちの信仰の土台は、神の御子イエス様です。この土台の上に私たちの信仰がしっかりと据えられて、イエス様を第一として生きることです。そうする時に、私たちはどんな困難に会っても決してぶれることはありません。このことを覚えてイエス様にお従いしてまいりましょう。

②もう一つのことは、「信仰に踏みとどまる」ことです。信仰の土台の上に両足でしっかりと立って、踏ん張って立ち続けることです。どんなことがあってもイエス様から離れないことです。必死にイエス様にしがみついて、振り落とされないように、イエス様という土台にしっかりと立ち続けていきたいと思います。

イエス様の十字架によって、私たちは罪が赦されて神と和解させていただきました。この神様の大きな愛と恵みを覚えて、心からの感謝をおささげしたいと思います。そして、これからも、イエス様を仰ぎ見て、イエス様を第一として歩み続けてまいりしょう。