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マルコの福音書6:7-13 「信仰の杖をもって」 齋藤牧師
【今週のみことば】
「そして、旅のためには、杖一本のほか何も持たないように、パンも、袋も、胴巻の小銭も持って行かないように、」(マルコの福音書6:8)
【礼拝メッセージ要旨】
今日の箇所には、イエスが12人の弟子たちを二人ずつ旅に遣わした、という出来事が記されています。それはどのような旅であったでしょうか。
1)12弟子を派遣
この時イエスは、12人の弟子たちをふたりずつ宣教の旅に遣わされました。「今度はあなたがただけでやってみなさい」と派遣したのです。それには、彼らをイエスの弟子として「育てる」(訓練する)という意味合いがあったようです。彼らを遣わすにあたって、イエスはまず彼らに「汚れた霊を制する権威」をお授けになりました。さらにイエスは、弟子たちにあることを命じました(8~11節)。このところに大きく3つのことをイエスが命じていることが記されています。今日は特に、この時イエスが弟子たちに告げられた3つのことばに目を留めてみたいと思います。
2)杖のほか何も持たないように
まず一つ目のことばは、「杖のほか何も持たないように」(8)ということばです。イエスは弟子たちに、「杖一本」のほかは何も持って行ってはならないと言われました。パンも、袋も、小銭も、そして替えの下着もダメだというのです。それは「着の身着のまま」で旅に出るようなものです。イエスは、なぜこのように言われたのでしょうか。それは「杖一本」だけは持って行きなさい、ということでもあります。当時「杖」というと、羊飼いが手にしていた杖のことを意味していたようです。羊を守り導くために欠かせない道具です。羊を野獣から守り、自分たちの身を守るためにも必要なものでした。そのように、「あなたがたにとって本当に必要なもの」という意味で、イエスは「杖一本」と言われたのではないでしょうか。私たちにとって「本当に必要なもの」、それは神への「信仰」です。私たちを造り、私たちを愛してくださっている天の神様を信じて、このお方により頼みながら人生を歩んで行くこと。このお方に全幅の信頼を寄せることです。私たちクリスチャンにとって、「信仰」は決して手放してはいけない、大切なものです。「信仰こそ旅路を導く杖 弱きを強むる力なれや」(讃美歌270番) 信仰は人生の旅路を導く杖と言えます。また、イエスは、神に信頼しより頼む時に、神様が私たちに必要なものをすべて備えてくださると約束してくださいました(マタイ6:33)。この約束を信じて、私たちの救い主であられるイエス様に拠り頼んで、人生を歩んでまいりたいと思います。
3)その家にとどまりなさい
次に2つ目のことばは、「その家にとどまりなさい」(10)ということばです。イエスは、ある家で受け入れてくれたら、別の土地に移るまではその家にとどまっていなさいと言われました。これはどういうことを言っているのでしょうか。一つは、置かれた状況を受け入れる、ということです。私たちは人生の中で様々な状況に置かれます。時には願ったようにはいかないことも、自分ではどうすることもできない思いがけない試練の中に置かれることもあります。それでも、そのことも神はご存じでそこに置いてくださったと信じて、与えられた状況を受け入れるようになりたいと思います。あのエジプトに売られたヨセフのように、私たちも置かれたところで、祈りながら、自分にできることを精一杯なしていきたいと思います。
また、イエスが「その家にとどまりなさい」と言われたことには、これから出会う人々との関わりを大切にする、という意味もあったと思います。「杖一本のほかは何も持って行かない」ということは、行った先々で人のお世話になるということです。出会う人々のお世話になって、同じ目線に立って話を聞いて、そうして信頼関係を築いてこそ、福音を相手の心に届けることができたのではないでしょうか。そのように、私たちも謙虚さを忘れずに、日々出会う人たちとの関りを大切にしていきたいと思います。
4)足の裏のちりを払い落としなさい
最後に3つ目のことばは、「足の裏のちりを払い落としなさい」ということばです。イエスは、人々があなた方を受け入れない場合は足の裏のちりを払い落としなさい、と言われました。「足のちりを払い落す」とは、本来、もう自分たちとは関係がない、これから起こることのすべての責任はその人たちにある、ということを示す行為です。確かに、弟子たちにとって困難の多い旅であったと思われます。人々に拒否されることもあったでしょう。そんな時、その人たちのことはあきらめなさい、ということなのでしょうか。そうではなくて、「やるだけのことをやったら、たとえ結果が出せなくても、それで十分。あとはわたしに任せなさい。」ということだと思います。一生懸命やってもうまくいかない、ということもあります。それでも、「あなたは自分のやるべきことを十分にやった。それでいいのだよ。」とイエス様は言ってくださっているように思います。自分にできることを精一杯やったら、たとえ願ったようにならなくても、あとはイエス様にお任せしていいと思うのです。
イエス様は、私たちをも、今それぞれ置かれているところに遣わしてくださいました。私たちの人生の旅において、無くてはならない本当に大切なもの、それは、神様への「信仰」です。その「信仰の杖」を頼りにして、私たちを遣わしてくださったイエス様に信頼して、人生の旅路を歩んでまいりたいと思います。今置かれているところで、そこで出会う人々との関わりを大切にしてまいりましょう。そして、そこで自分にできることを精一杯なしていきたいと思います。