主日礼拝メッセージ(赤文字をクリックするとメッセージが聴けます。MP3ファイル)

創世記28:1-22「旅立ちのエール」    齋藤牧師

【礼拝メッセージ要旨】

今日の箇所には、ヤコブが両親の元を離れて一人遠くの町に旅立って行く、という出来事が描かれています。ヤコブはどんな思いでそこを旅立ち、神様はそんなヤコブをどのように取り扱われたでしょうか。

1)ヤコブを祝福するイサク
エサウが自分から祝福を奪ったヤコブを殺そうと考えていることを知った母リベカは、ヤコブを自分の故郷のカランの地に逃れさせようとします。そして、妻を迎えさせるためにその地にヤコブを遣わすことを夫イサクに提案します。イサクはそれを受け入れてヤコブを祝福しました。最初自分の好みでエサウを祝福しようとしていた自分の間違いを認めて、主のみこころに従い、アブラハムから受け継いだ神様の祝福をヤコブに受け継がせたのです。一方、このことを知ったエサウは、父に気に入ってもらおうと思い、叔父のイシュマエルの娘を妻にめとります。彼は自分の間違いに気づくことができませんでした。

2)ヤコブの旅立ち
ヤコブはカランの地へと旅立ちます。約800キロ、歩いて一か月ほどの長旅です。この時、彼はどんな思いでいたでしょうか?うしろめたさや親元を離れて一人遠い国に旅立つことへの不安や心細さもあったでしょう。もう誰にも頼ることはできません。孤独な一人旅です。

3)神との出会い
あるところまで来て、その晩、不思議な夢を見ます。天からはしごが地に向けられていて、神の使いたちが上り下りしています。そしてふと気づくと、主が彼のかたわらに立っておられました。主は、ヤコブに語り掛け、アブラハムとイサクに約束したのと同じ祝福の約束を彼にも与えました(13,14)。さらに、「わたしはあなたともにいて、どこに行ってもあなたを守り、決してあなたを捨てない」(15)と約束してくださいました。神様からの旅立ちのエールです。「まことに主がこの所におられるのに、私はそれを知らなかった」(16)ヤコブはこの時、主がともにいてくださることに初めて気づきます。それまでは、両親の元で何不自由ない暮らしをしてきたのに、神様のことが分かりませんでした。しかし、罪を犯して一人孤独な旅に出ることになって、何も頼れるものがなくなった時に、神様に出会うことができたのです。私たちも、自分が頼りにしていたものが取り去られて裸にされた時に、個人的に神様に出会う、ということがあるように思います。ヤコブはこの時から、神様との関係が大きく変えられました。
ヤコブは、感謝を込めて枕にしていた石を取って、記念の柱とします。そしてその場所をベテル(神の家)と呼んで、そこが彼の信仰の出発点となりました。私たちも、神様から受けた恵みを記録に留めて、感謝を忘れないようにし、自分の信仰の原点をいつでも再確認できるようにしたいと思います。

4)主は私たちを見捨てない
最後に、今日の箇所から教えられることとして2つのことを確認したいと思います。一つは、「神様は私たちを決して見捨てない」ということです。ヤコブに与えられた「わたしはあなたとともにあり、決してあなたを見捨てない」という約束は、私たちにもそのまま与えられています。私たちがどんなに弱くとも、イエス様は私たちを決して見捨てることはなさいません。十字架で流された血潮で、私たちを罪の奴隷から買い取ってくださったほどに、私たちのことを愛しておられるからです。このことを忘れないで、いつもイエス様を見上げていたいと思います。

5)一人主の前に静まる時を持つ
もう一つのことは、「一人主の前に静まる時を持つ」ということです。ヤコブは、親元を離れ何も頼りにできるものがない中で、神様に出会う経験をしました。そのように、一人主の前に静まる時を持つことは、私たちにとってとても大切なことです。例えば、夜寝る前にみことばを開いて、その日一日の出来事を振り返りながら祈りをささげることができたら、その恵みは大きいと思います。忙しさの中にあっても、主との交わりの時を持つことを大切にしたいと思います。

こうしてヤコブは、神様の祝福のエールを受けて旅を続けていきました。神様は、私たちにもエールを送ってくださっています。私たちも、みことばに励まされて、イエス様に信頼して、人生の旅路を歩んでまいりましょう。