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マルコの福音書13:1-8,24-37 「目を覚ましていなさい」 齋藤牧師
【今週のみことば】
「天地は消え去ります。しかし、わたしのことばは決して消え去ることはありません。」(マルコの福音書13:1-8,24-37)
【礼拝メッセージ要旨】
マルコ13章には、エルサレムの神殿を巡ってイエスが弟子たちに「終わりの日」について教えをされたことが記されています。
1)神殿崩壊と終わりの日のしるし
「なんとすばらしい石、なんとすばらしい建物でしょう。」(1)弟子の一人がエルサレムの立派な神殿を見て、こうイエスに告げました。そこにはヘロデ王によって再建工事が行われていた荘厳な神殿がありました。しかしイエスは、やがてこの神殿が崩される時がやってくると告げました。その後4人の弟子たちがひそかにイエスのもとに来て、それは「いつ」起こり、終わりが近づくときは「どんなしるし」(前兆)があるのかとイエスに尋ねました。彼らは、イエスが聖書にある「終わりの日」のことについて語ったと思ったようです。
それに対してイエスは、「終わりの日」についての教えをされました。そのとき、「私がキリストだ」と言う者が現れ(6)、「戦争」が起こり(7,8)、「地震やききん」も起こる(8)というのです。しかし、それらのことは「産みの苦しみ」の始まりに過ぎないと言われました。さらに9~23節には、イエスを信じる者たちが厳しい迫害を受けることや、エルサレムの町が破壊されるときのことがリアルに描かれています。そのとき「今に至るまでなかったような、今後も決してないような苦難が起こる」(19)というのです。「終わりの日」が近づくと、そうした「苦難」を経験することを意味しています(患難時代)。そして、そうした苦難のあとに、「天体の異常」が起こり(24,25)、「人の子」つまりイエスが雲のうちに、再びこの地上に来られる(再臨)と言われました。黙示録20章によると、そのときサタンは縛られ、イエスは信者たちと一緒に地上を治めて、1000年間に渡る平和な時代が訪れると約束されています(1000年王国)。そうして、キリストによって最後の審判が下されて、サタンは永遠に滅ぼされ、この世界は罪のない新しい世界(新天新地)に変えられるというのです(黙示21章)。これが、「終わりの日」に起こることとして聖書が語っていることです。イエスは十字架を前にしてこのことを教えられました。これは今この時代に生きている私たちにも関係のある、大事なことを教えているように思います。
2)この世の目に見えるものはいつかなくなる
この箇所から、特に2つのことについて目を留めたいと思います。1つ目のことは、「この世の目に見えるものはいつかなくなる」ということです。エルサレムの人々もイエスの弟子たちも、目の前にあった立派な神殿を見て、「この神殿はいつまでも立ち続けるだろう」と考えました。しかしイエスが予告された通り、この後40年後(紀元70年)、エルサレムはローマの軍隊によって滅ぼされてしまいます。そのように、私たちが大事にしている家族や仕事、財産、社会的な立場、人間関係や私たちの体といった目に見えるものは、いつか崩れ去る時が来ると言っておられるのではないでしょうか。私たちの限られた人生の中で、天と地がひっくり返るような大変なことも起こるかもしれません。イエスはそのことをわきまえていなさいと教えておられるように思うのです。
3)滅びないものがある
2つ目のことは、「いつまでもなくならい、確かなものがある」ということです。「天地は消え去ります。しかし、わたしのことばは決して消え去ることがありません。」(31)イエスのことばである神の約束は、決して滅びることはありません。イエスは永遠に生きておられるお方です。私たちの人生においてどんな困難があったしても、イエスは決して私たちを見捨てることなく、そばにいてくださると約束されました(マタイ28:20)。このことを覚えて、いつまでも変わることのないイエス様を、私たちの本当のよりどころとしたいと思います。
4)惑わされないように気をつけなさい
この箇所では、世の終わりに向かっている今の時代に私たちがどう生きるべきか、その心構えについても教えているように思います。最後にこのことについて、2つのことを確認したいと思います。
1つは、「人に惑わされないように気をつけなさい」(5)ということです。「終わりの時」が近づくと、人を惑わす者が現れるとあります(6,22)。そうした者たちに惑わされないように気をつけなさいとイエスは言われました(5)。「終わりの時」がいつなのかは誰も知らない、ただ父なる神だけが知っておられることだとあります(32)。私たちは、人のことばに惑わされることなく聖書を根拠として、何が正しいのか見極めていきたいと思います。
5)目を覚ましていなさい
もう1つのことは、「目を覚ましていなさい」(33,35,37)ということです。イエスは弟子たちに「目を覚ましていなさい」と、繰り返し警告されました。イエスがいつ再び来られてもいいように「目を覚まして」備えていなさい、というのです。これは、主人が帰って来た時に、家のしもべたちがなまけて眠りこけているようなことがないように、「どんな状況においても、イエスに信頼し続ける」ということを意味しているのではないでしょうか。時が良くても悪くても、イエスさまから目を離さずに、イエスさまと共に生きることです。そうすれば、決して惑わされることはありません。
今、イエスが再び来られる日を待ち望んでいる時代と言えます。世の中でも、私たちの人生においても、思いがけない様々なことが起こるかもしれません。それでも「目を覚まして」、決して変わることのないイエスさまに心からの信頼を寄せて、イエスさまとともに歩んでまいりましょう。