主日礼拝メッセージ(赤文字をクリックするとメッセージが聴けます。MP3ファイル)

マルコの福音書12:28-34 「神を愛し、人を愛する」  齋藤牧師

【今週のみことば】
「目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。」(ヨハネの手紙第一4:20)

【礼拝メッセージ要旨】

聖書は「愛」について多くのことを語っています。イエスはこの「愛」について、どのように教えられたでしょうか。

1)律法学者の問い
イスラエルの指導者たちがイエスと議論し、イエスが見事に答えられたのを見て、一人の律法学者がイエスに尋ねました。「すべての中で、どれが第一の戒めですか。」「律法学者」たちは、モーセ五書の中に613の守るべき神の戒めがあると定めました。彼はイエスを試そうとして、それらの戒めの中でどれが第一の戒めなのかとイエスに尋ねたのです。

2)神を愛し隣人を愛すること
これに対してイエスは、①「心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」(申命記6:4,5)の戒めと、②「あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい。」(レビ記19:18)の2つの戒めを示されました。つまり、神の戒めの全体はこの二つの戒めに要約されるということです(マタイ22:40)。これを聞いて、その律法学者は「先生、そのとおりです」と言って、「主を愛することと、隣人を自分自身のように愛することは、どんな全焼のささげ物やいけにえよりもはるかにすぐれています。」と告白しました。そんな彼にイエスは、「あなたは神の国から遠くない」と告げられました。

3)愛するとは?
では、「愛する」とは、どういうことなのでしょうか。「愛する」と訳されている言葉には、ギリシア語の「アガパオー」という言葉が使われています(名詞形は「アガペー」)。「アガペー」には、「相手に対するあわれみや思いやり」とか「相手のために見返りを求めずに与えること」などの意味があります。これは、神の愛にも、人の愛を表すときにも使われる言葉です。それは、親の子に対する愛情のように、自分以外の他者のことを思いやり、その人のために見返りを期待せずに何かを与えることです。

最も大きくて完全なアガペーは「神の愛」です。神は、私たち人間をこよなく愛されました。神に背いた人間を神はあわれんで、決して見捨てることなく、恵みを注いでくださいました。その愛は、アブラハムに始まるイスラエルの歴史に現わされています。やがて神は、彼らの子孫として、神のひとり子であるイエスを遣わされました。そしてイエスは、その十字架の死を通して、すべての人の罪を代わりに負い、神の裁きを受けられて、「救いの道」を開いてくださったのです。ここに、私たち人間に対する、計り知れないほど大きな「神の愛」が現わされています(ヨハネⅠ4:9,10)。

4)神を愛するとは?
では、私たちが「心を尽くし、神を愛する」とは、どのように愛することなのでしょう。「神を愛する」とは、幼い子供が親に信頼し、すべてを委ねるように、「神は私のすべてを知っておられ、私を守ってくださる、決して私を見捨てない」と信じて、神に全幅の信頼を寄せることではないでしょうか。そして、神を恐れ、神に聞き従うことです。「私は神を愛しています」と口で言うことは、それほど難しいことではないかもしれません。しかし、神を愛することには行動が伴う必要があると思うのです。神は、私たちが日々罪と戦い、成長することを求めておられます。神に聞き従うことを大切にしたいと思います。

5)隣人を愛するとは?
イエスは、ただ神を愛することだけでなく、隣人を愛することもセットで示されました。どうしてこの二つを大事な戒めとされたのでしょうか。それは、「目に見えない神を愛すること」は、「目に見える人を愛する」ことによって示されるからです。「神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。」(ヨハネⅠ4:20) 「神を愛しています」と言いながら、誰かを憎んでいるとしたら、神を愛しているとは言えないというのです。自分を理解してくれる人のことや、自分と利害関係のない人のことを愛することはできても、自分を理解してくれない人や、利害関係が対立する人に愛を示すことは難しいことかもしれません。それでもイエスは、「あなたの隣人をあなた自身のように愛する」ことを求めておられます。「良きサマリア人のたとえ」(ルカ10章) を通して、イエスは立場や利害関係に関係なく、すべての人が愛すべき「隣人」なのだということを教えておられるように思います。「目に見える隣人」を愛することを通して、「目に見えない神」を愛することが現わされていくのです。

「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。」(ヨハネ15:12) イエスは、私たちのためにいのちをささげてくださったほどに私たちを愛してくださいました。イエスは、私たちがその受けた愛をもって、互いに愛し合うことを何よりも願っておられます。このことを覚えて、私たちも、イエス様から受けた愛を、私たちの「隣人」に惜しみなく現わしてまいりましょう。