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マルコの福音書9:38-50 「互いに平和を求める」 齋藤牧師
【今週のみことば】
「あなたがたは自分自身のうちに塩気を保ち、互いに平和に過ごしなさい。」(マルコの福音書9:50)
【礼拝メッセージ要旨】
今年は戦後80年の「節目の年」となっています。平和を願わずにはいられません。今日の個所にも「互いに平和に過ごしなさい」とあります。私たちはどのようにして「平和をつくる」ことができるのでしょうか。
1)敵か味方か?
「自分たちの中で誰が一番偉いか」と論じ合っていた弟子たちに、身を低くして「人に仕える者」となり、「小さい者」に目を向けなさいとイエスは教えられました。しかし、彼らはまだそのことの意味がよく分かっていなかったようです。その後ヨハネは、イエスの名を唱えて悪霊を追い出している人を見て、それやめさせようとしたことをイエスに告げます。彼が自分たちに「ついて来なかったから」(仲間ではないので)やめさせようとしたというのです。実は、この人は弟子たちには出来なかったことをやっていました。弟子たちの中には、彼に対する「ねたましい思い」があったようです。そうして、それをやめさせようとしました。弟子たちは、彼を自分たちの「仲間ではない者」「敵」とみなし、「排除」しようとしたのです。彼を受け入れることができませんでした。
私たちの中にもそういう思いがあるように思います。「〇〇ファースト」という言葉に表されるように、仲間意識が強くなると、そうでない人たちを「排除」しようとしたり、「攻撃」したりします。私たち人間の中にある「自己中心性」、「罪の性質」がそうさせるのです。
2)反対しない人は味方
これに対してイエスは、「やめさせてはいけません」、「私たちに反対しない人はわたしたちの味方です」と言われました。この人も「受け入れるべき」「小さい者」の一人であり、「味方」であり「仲間」なのだと言われたのです。「あなたがたに一杯の水を飲ませてくれる人は、決して報いを失うことがありません。」(41)この言葉に励まされる思いがします。私たちに小さな愛を示してくれる人のことを、イエス様は決して忘れてはいないという約束です。この希望を持って、身近にいる愛する人々のために祈り続けていきたいと思います。
3)つまずきとなるもの
イエスは続けて「つまずき」ということについて教えられました。「小さい者たちの一人をつまずかせてはいけない」と言っておられます(42)。「人をつまずかせる」ことは、それほど大きな罪だということです。「つまずき」とは、人をつまずき倒れさせるもののことを指しています。弟子たちがしていたことは、「人をつまずかせる」ようなことでした。
さらにイエスは、自分自身がつまずかないようにと戒められました。「つまずき」の原因となるものは、自分自身の中にあると言っておられます。「もし、あなたの手があなたをつまずかせるなら、それを切り捨てなさい。」(43) 欲望を抑え切れずに「手」が罪を犯させてしまうのであれば、その手を切り捨ててしまいなさいというのです(同じように「足」も「目」も)。それは、ゲヘナに投げ込まれて、永遠の苦しみを受けるよりもはるかにましなことだと言っておられます。そして、そのつまずきとなるものをキッパリと「捨て去り」なさいと命じておられます。弟子たちの中には、「プライド」や「ねたみ」、「思い込み」や「決めつけ」、「優越感」といった「つまずき」となるものが確かにありました。イエスは、そうしたものをすべて「切り捨てなさい」と言われたのです。自分の中から「切り離して」、「捨て去る」ことです。私たちの中にも、そうした思いがあることに気づかされたならば、キッパリと捨て去りたいと思います。
4)塩気を保ち、平和を求める
では、つまずきを防ぐために私たちはどうすればいいのでしょうか。「人はみな、火によって塩気をつけられます」(49) 金が火で精錬されて不純物が取り除かれるように、神様は私たちに「試練」を与えて、「練りきよめて」くださいます。そうして私たちに「塩気」がつけられていくというのです。塩気があることによって腐敗を防ぎます。そのように、自分自身のうちに「塩気」を保っていなさいと命じておられます。「塩気」を保つとは、「自分自身を吟味する」でもあります。自分自身を客観的に見つめて、問題があればそれを取り除いて改善していくことです。自分自身に塩気を保つために(自己吟味するために)、大切なことは何でしょう。神の言葉(みことば)に聞くことです。神様は、みことばと聖霊様を通して、私たちの姿に気づかせてくださいます。そして、このままではいけないと気づかされたならば、自分自身をイエス様に従わせていくべきです。
「あなたがたは自分自身のうちに塩気を保ち、互いに平和に過ごしなさい。」(50) みことばを通して自分自身の姿を見つめ、自分を変えていくことによって、お互いに「受け入れ合う」(平和をつくる)ことが出来るようにされていくということです。イエス様は、「小さい者の一人を受け入れなさい」と言われました。自分の仲間ではないと思える人をも「受け入れる」ことです。自分に理解を示さない人、自分とは考え方の違う人をも尊重して、その人の立場に立って考えることです。違いがあることを認めて、その上で「歩み寄る」努力をすることではないでしょうか。そして、お互いに譲歩できるところは譲歩して、「折り合い」をつけることだと思います。自分の力では難しいことです。しかし、イエス様はそうできるように私たちを助けてくださいます。
私たちの中から、つまずきとなるものを捨て去って、自分自身のうちに塩気を保ち、互いに平和を求めてまいりましょう。