主日礼拝メッセージ(赤文字をクリックするとメッセージが聴けます。MP3ファイル)

ピリピ人への手紙2:19-30 「キリストの使者として」  齋藤牧師

【今週のみことば】
「見よ。なんという幸せ なんという楽しさだろう。兄弟たちが一つになって ともに生きることは。」(詩篇133:1)

【礼拝メッセージ要旨】

パウロは、ピリピ教会に二人の兄弟たちを送ることを計画していました。彼らはどんな人物で、パウロはどんな思いでこの二人を遣わそうとしたのでしょうか。

1)テモテを遣わすこと
パウロは、「早くテモテをあなたがたのところに送りたい」(19)と願いました。テモテは、リステラの町でパウロに見出されて以来、パウロと一緒に旅をしながら共に宣教の働きを担ってきました。パウロの相棒とも言える最も信頼された同労者の一人です。この手紙もテモテが協力して執筆されたようです。テモテは、ピリピ教会の人たちのことを「パウロと同じ心になって」心配し、いつも祈っていたようです。パウロは、自分に代わってこのテモテをピリピに遣わしたいと考えました。

「あなたがたのことを知って、励ましを受けるためです。」(19)ここに、パウロがいかにピリピの兄弟たちに会いたがっていたか表されているように思います。この時彼はローマの獄中で囚われの身となっていました。手紙を書き送ることはできましたが、手紙にも限界があります。こちらの思いは伝えられても、相手の状況や思いをすぐに知ることはできません。一番いいのは直接会うことです。会って話すことによって微妙な心の思いも感じ取ることができるからです。彼はピリピ教会の状況を知りたいと願いました。そこで、行けない自分に代わって、自分と同じ思いでピリピ教会のことを心から心配し、祈っていたテモテを遣わそうとしたようです。また、そうすることによってパウロ自身も励ましを受けるためでした。

海外へ派遣される宣教師の方々のことを思い浮かべます。ご本人から直接宣教報告を聞く時に、ニュースレターからだけでは分からない現地の状況や祈りの課題をリアルに感じ取ることができます。そして、それを受け止めた私たちが祈りと支援をもって応えていくことで、宣教師の方々も大きな励ましを受けるのです。

2)エパフロディトを送り返すこと
パウロはここでもう一人、エパフロディトについて言及しています(25)。彼も、パウロが信頼を寄せていた同労者です。ピリピ教会は、獄中にあったパウロを手助けするためにこのエパフロディトに贈り物を託してパウロのもとに遣わしました。ところが、彼はローマで重い病にかかってしまいます。パウロの手助けをするどころか、パウロから看病される身となりました。やがて神のあわれみにより彼はいやされます。パウロはエパフロディトのことを気遣い、彼を送り出してくれたピリピ教会の人たちを安心させたいという思いから、彼をピリピに送り返すことにしたようです。これまでの彼の働きに感謝を表わし、ふるさとに戻ってゆっくり休養するようにと、彼のことを思いやりました。そうして彼は、この手紙を携えてピリピに戻ることになります。

3)信仰の仲間がいることの幸い
最後に、このところから教えられることとして、二点挙げたいと思います。
まず一点目のことは、「信仰の仲間がいることの幸い」ということです。「見よ。なんという幸せ なんという楽しさだろう。兄弟たちが一つになって ともに生きることは。」(詩篇133:1) パウロは確かにすばらしい働きをした人です。彼の働きを通して福音が世界中に宣べ伝えられることになりました。しかし、それはパウロ一人の働きではありません。テモテやエパフロディト、そしてピリピ教会のように背後で彼のために祈り、様々な支援をしてくれる多くの仲間たちがいたのです。そうした仲間たちの祈りと交わりに支えられ、励まされながらこの大きな働きを成し遂げることができました。

「祈り合える仲間がいる」ということは、本当に感謝なことです。「二人は一人よりもまさっている。」「どちらかが倒れる時には、一人がその仲間を起こす。」(伝道者の書4:9,10) くじけそうになった時に起こしてくれる仲間がいます。私たちには多くの信仰の仲間がいます。私たちは、一人で信仰生活を歩んで行くのではありません。励まし合い、助け合いながら一緒に歩んで行く仲間がいるのです。まさに、「なんという幸せ、なんという楽しさ」と言えるのではないでしょうか。このことを覚えながら、これからも信仰の仲間との交わりを大切し、お互いのために祈り、励まし合いながら、共に歩んでまいりたいと思います。

4)私たちもキリストの使者として遣われている
もう一つのことは、「私たちもキリストの使者として遣わされている」ということです。テモテとエパフロディトはそれぞれピリピ教会に遣わされました。それはキリストの使者としてイエス様から遣わされたと言えます。そのように、私たちもそれぞれ今置かれているところにイエス様から遣わされています。私たちの家庭があり、職場があり、住んでいる地域があります。また友人・知人たちとの関わりがあります。そうした人たちのところへ、私たちは「キリストの使者」として遣わされているのです。家族や周りにいる人々にイエス様から受けた愛を持って関わり、心から寄り添う者となりたいと思います。私たちの周りに、今励ましを必要としている人はいないでしょうか。私たちの存在を通して人々に喜びを与え、励ましを与える者となれる、そんな存在でありたいと思います。

今日は、パウロからピリピに遣わされた、二人の兄弟たちの姿に学びました。パウロの働きは、実に多くの人々の祈りと交わりによって支えられていました。私たちにも多くの信仰の仲間が与えられていることを覚えて、感謝をおささげしたいと思います。そして今私たちが置かれているところで、キリストの使者として周りの人々に仕えてまいりましょう。