主日礼拝メッセージ(赤文字をクリックするとメッセージが聴けます。MP3ファイル)

マタイ27:62-28:10, ローマ6:6-11 「キリストとともに生きる」  齋藤牧師

【今週のみことば】
「私たちがキリストとともに死んだのなら、キリストとともに生きることにもなる、と私たちは信じています。」(ローマ人への手紙6:8)

【礼拝メッセージ要旨】

今日はイースターです。イエス様が死に打ち勝って確かによみがえられたことを確認したいと思います。また、イエス様の復活は、私たちの人生にとってどんな意味があるのでしょうか。

1)よみがえりの出来事(歴史的事実として)
十字架で贖いを成し遂げられたイエスは、アリマタヤのヨセフに引き取られ、彼が用意した新しい墓に葬られます。この時、イエスがよみがえることを予告していたことを思い出し、心配していたのはユダヤ人指導者たちでした。残念ながら、弟子たちは誰も期待していなかったようです。そうして日曜日の朝を迎え、女性たちがイエスの体を丁重に葬ろうとして墓にやってきます。そこに御使いが現われて、イエスがよみがえられたことが告げられました。彼女たちが弟子たちに知らせに向かう途中、イエスが現われます。その後、イエスは弟子たちの前にも現われ、彼らはイエスが生きておられることを信じたことが記されています。聖書は、この復活の事実をはっきりと伝えています。「イエスは死からよみがえられた。今も生きておられる。」ということです。イエス様は、昔生きていたただの立派な人ではありません。私たちの罪を負って十字架で死んで、そこで終わってしまったのではないのです。父なる神様は、神の御子イエスを死からよみがえらせました。イエス様は、死の力を打ち破り、今も生きて働いておられます。私たちは、この今も生きておられるお方を信じています。このことを今一度、確認したいと思います。

2)キリストのよみがえりと私たちの関係
それでは、イエスが死からよみがえられたということは、私たちにとってどういう意味があるのでしょうか。なぜそれが私たちにとって大事なことなのでしょう?パウロは、教会に宛てた手紙の中でそのことを説明していますが、今日は特にローマ書の6章のところに目を留めたいと思います。

①キリストとともに罪に対して死んだ
このところから、特に2つのことを確認したいと思います。まず一つ目のことは、「私たちは、キリストとともに罪に対して死んだ」ということです。これまでも確認してきたことですが、私たち人間は生まれながらにして罪に支配されて、罪の奴隷のようになっていると聖書は語っています。そんな私たちが、「キリストとともに十字架につけられた」(6)と言っています。そして、「キリストともに死んだ」(8)というのです。これは、イエスが十字架で死なれ、死に勝利されたように、イエスを信じる者も、罪に対して死んだ(罪の支配から解放された)、ということを意味しています。イエスを信じる私たちは、罪の奴隷から解放されている、確かに罪から救われている、ということです。本当に感謝なことです。
そうすると、もう何も心配せずに安心しきっていていいのか、というと、そういうことでもありません。気を付けなければならないとパウロは語っています(15,16)。せっかく罪の奴隷から解放されても、自分の方から奴隷になれば何の意味もありません。油断していれば、いつの間にか罪の奴隷になっている、ということもありうる、ということです。

②キリストとともに生きる者とされた
では、そうならないために私たちはどうすればいいのでしょうか?罪の奴隷から解放された私たちはどのように生きるべきなのでしょう?そこで、二つ目のこととして確認したいことは、「私たちは、キリストとともに生きる者とされた」ということです。「私たちがキリストとともに死んだのなら、キリストとともに生きることにもなる、と私たちは信じています。」(8) 「キリストとともに生きる」とは、死からよみがえられて今も生きて働いておられるイエス様に信頼し、イエス様とともに歩んで行くことです。イエス様は、私たちの人生に寄り添ってくださいます。イエス様が、行くべき道を示し、生きる力を与えてくださいます。

あの弟子たちのことを考えてみたいと思います。彼らは、本当に弱い、情けない弟子たちでした。しかし、よみがえられたイエスに出会って、赦しを確信し、力づけられて、見事に立ち直っていきました。そして、力強くキリストを証しする者へと変えられていったのです。これらはすべて、イエスが死に打ち勝って、よみがえられたことによってもたらされたことでした。

イエス様は、今も生きて、私たちに寄り添い、私たちの心に語り掛け、働きかけてくださいます。私たちも、よみがえりのイエス様に出会ったからこそ、信じることができたのではないでしょうか。今も生きておられるイエス様を、私たちは信じ、礼拝しています。イエス様は、私たちを決して見捨てずに、私たちとともに歩んでくださいます。私たちを励まし、生きる力を与えてくださるのです。このことを覚えて、心からの感謝をおささげしましょう。そして、イエス様に信頼して、イエス様とともに生きる者となりたいと思います。