●主日礼拝メッセージ(赤文字をクリックするとメッセージが聴けます。MP3ファイル)
ヨナ書3:1-10 「思い直される神」 齋藤牧師
【今週のみことば】
「神は、彼らが悪の道から立ち返るために努力していることをご覧になった。それで、神は彼らに下すと言っておられたわざわいを思い直し、そうされなかった。」(ヨナ書3:10)
【礼拝メッセージ要旨】
今日の箇所には、ヨナのことばを聞いて、ニネベの町の人々が悔い改めに導かれていくという出来事が描かれています。
1)主は再びヨナに使命を与えられた
主は再びヨナに使命を与え、ニネベへと遣わします。一度命令に背いたヨナにもう一度チャンスを与えて、用いようとされたのです。神様は、私たちのことも同じように用いてくださいます。私たちが弱くても不完全でも、神様は私たちを励まして、何度でも立たせ、チャンスを与えてくださいます。「これはあなたでなければならない」と言って、励ましてくださっていることがあるのではないでしょうか。神様がこの自分のことを必要としてくださっている、ということを覚えて、神様の召しに応えていきたいと思います。
2)ニネベに向かうヨナ
ヨナは主の命令に従って、1000キロ以上の道のりをニネベへと向かい、「もう40日すると、ニネベは滅ぼされる」と叫びました。これは神のさばきの宣告です。この時ヨナは、神はこの約束を確実に実行なさると確信し、期待していたと思われます。しかし、これは、神のさばきが実行されるまで40日間の猶予がある、ということでもありました。ここに神様のあわれみが表わされています。神様はニネベの人々がこのことばを聞いて悔い改めて、神に立ち返ってほしいと願っておられました。
3)悔い改めるニネベの人々
ニネベの人々はヨナのことばに素直に耳を傾けて、悔い改めの態度を示します。何と、王から身分の低い者に至るまで神を信じ、断食をし、荒布を着て徹底的に悔い改めたのです。信じられないような奇跡が起こりました。時の大国アッシリヤの王が、西方の小国からやってきたよく素性の分からない一人の男のことばに、真剣に耳を傾けたのです。そして、自分たちの間違いを認めて、神の前にへりくだって、悔い改めました。神様がヨナを通して働いてくださり、ニネベの人々の心が動かされていきました。しかし、それはヨナにとっては、想定外のことであったようです。
「悔い改める」とは、神様の方に心の向き変えることです。それまで自分中心に生きていた生き方を、神様中心に変えて、神に立ち返ることです。ニネベの人々は、ただ罪を悲しんで後悔したのでありません。間違った生き方を改めようと、懸命に努力しました。これが本当の悔い改めです。
4)思い直される神
「神は彼らに下すと言っておられたわざわいを思い直し、そうされなかった」ニネベの心からの悔い改めをご覧になって、神はわざわいを下すことを「思い直され」ました。神様が「思い直される」とは、人が悪から立ち返るならば(態度を変えるならば)、神も態度を変えられる、ということを示していると思います。なぜならば、神様は、「正しいお方」(正義の神)であると同時に、「愛とあわれみを示されるお方」(愛の神)であるからです。神様は罪を処罰されますが、人の弱さも知っておられます。そしてあわれんでくださいます。何度も神に背き続けたイスラエルの民は、何度もあわれみを受けて赦されました。そのように神様は正義と愛を示されるお方です。もし神様が正義だけを行なうとしたら、人間はあっという間に滅ぼされてしまっていたでしょう。しかし、アダムの時から人は生かされていて、今も歴史は続いています。「主は~ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです」(Ⅱペテロ3:9) 神様は、すべての人が神に立ち返ることを、何よりも願っておられます。神様の「正義と愛」は、「イエス・キリストの十字架」に現わされました。正義を行なうために、神様は人の罪を神のひとり子イエス様に負わせました。そして、罪を悔い改めてイエス様を信じる人たちに救いの道が開かれたのです。ここに、神様の深い「愛とあわれみ」が示されています。
私たちも、「愛とあわれみ」を普段の生活の中で実践したいものです。「自分の正義」だけを振りかざしていることはないでしょうか。自分のことばや行ないに、「愛とあわれみ」があるか、いつも心に留めていたいと思います。
神様は、「思い直されるお方」であり、私たちをあわれんでくださるお方です。神様が「思い直される」お方だからこそ、私たちは救っていただいたのではないでしょうか。この大きな恵みを覚えて、心からの感謝をおささげしましょう。