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ヨナ書1:1-17 「主の御顔を避けたヨナ」 齋藤牧師
【今週のみことば】
「しかしヨナは、主の御顔を避けてタルシシュへのがれようとし、立って、ヨッパに下った。」(ヨナ書1:3)
【礼拝メッセージ要旨】
今回からしばらくヨナ書から、ヨナの姿と彼に対する神様のお取り扱いに目を留めて学んでいきたいと思います。
1)主の顔を避けたヨナ
紀元前750年頃の北イスラエルと、その東側に位置していた巨大帝国アッシリヤの首都ニネベがヨナ書の舞台となります。神は、ヨナを北イスラエルの預言者として召し出して、ある時、アッシリヤの首都ニネベに行って神の言葉を語れ、という使命を与えました。しかしヨナは、「主の御顔を避け」てその命令を拒んで、反対方向のタルシシュ(スペイン南部)に向かおうとします。彼は、主が情け深く、あわれみ深いお方であることを知っていました。自分がそこに行って、敵であるニネベが悔い改めて滅びを免れることを、どうしても受け入れられませんでした。神様のみ思いはよく分かるけれども、心ではどうしても納得できなかったのです。私たちも、そういう時があるのではないでしょうか。神様は不公平だと思えることもあるかもしれません。この時のヨナの気持ちも分かるような気がします。それでも彼は、やはり神様に従うべきでした。敵のアッシリヤのことも、それ以上にイスラエルのことも愛しておられる神様を信じて、その先のことも委ねるべきであったと思います。
2)神の介入
そんな思いで命令に背いて逃げようとしたヨナに、神様は介入されます。彼はヨッパからタルシシュ行きの船に乗り込んで、無事出港します。しかししばらくして船は大嵐に遭遇します。主がなされたことでした。水夫たちは身の危険を感じて、自分たちの神々に助けを求めて祈り、積み荷を捨てます。船底で眠り込んでいたヨナは異教徒である船長に起こされて、「起きて、あなたの神にお願いしなさい」と言われてしまいます。さらに、くじによってこの原因がヨナにあることが明らかにされて、彼は問い詰められます。ヨナは、船が助かるために自分を海に投げ込むようにと告げて、とうとうヨナは海に投げ込まれてしまいます。その時、嵐は収まり海は静かになりました。これを見た水夫たちは非常に主を恐れたとあります。こうして、ヨナの企てた計画に神様は介入されました。神様は、彼の行く手をさえぎって彼の行こうとした道を閉ざしました。彼の逃亡計画は失敗に終わります。しかしそれは、ヨナ自身のためであり、神様のご計画を進めるためでもありました。
私たちの人生においても、神様が私たちの立てた計画に介入されることがあります。「こっちがみこころだ」と確信してそちらに行こうとしても、道が閉ざされてしまうこともあります。それでも、その背後に神様が働いておられて、そのことにも意味があるのだと受け止めたいと思います。
3)主のあわれみにより
「主は大きな魚を備えて、ヨナをのみこませた。ヨナは三日三晩、魚の腹の中にいた。」(17)主は、大きな魚を用いてヨナを救助します。命令に背いたヨナを決して見捨てることはなさいませんでした。彼は魚の腹の中に、何も見えない、何もできない状態で三日間置かれます。この間、彼は神様との深い交わりの時をもったのではないでしょうか。何もないところで、主と一対一で向き合わされたのです。そこで彼は祈り、主は彼の心に語り掛けたことと思います。神様は、このことを通してヨナを個人的に深く取り扱われました。
神様は、主の御顔を避けて逃げたヨナのことをあきらめませんでした。ヨナがダメなら他の預言者を遣わそうとはされなかったのです。彼に再びチャンスを与えて、あくまでもヨナを用いようとされました。このところに、ヨナに対する神様の深い愛とあわれみを感じます。
神様は、私たちのことも同じように見ておられるのではないでしょうか。私たちも、神様に従えないことがあると思います。心で納得できなくて、かたくなに自分の道を突き進もうとすることもあるかもしれません。そんな私たちのことを、神様は深いあわれみをもって見ておられます。神様の愛といつくしみが変わることなく注がれています。このことをぜひ心に留めたいと思います。また、私たちにも、神様が期待されていること、私たちに託されている使命があると思います。祈りながら、自分の行くべき道を確認してまいりましょう。