主日礼拝メッセージ(赤文字をクリックするとメッセージが聴けます。MP3ファイル)

マルコの福音書16:1-8 「イエスはよみがえられた」  齋藤牧師

【今週のみことば】
「さて、週の初めの日の朝早く、よみがえったイエスは、最初にマグダラのマリアにご自身を現された。」(マルコの福音書16:9)

【礼拝メッセージ要旨】

今日の箇所には、イエスが墓に葬られてからよみがえり、そのことが墓を訪れた女性たちに知らされた出来事が描かれています。イエスのよみがえりの事実はなぜ大事なことなのでしょうか。

1)よみがえりの朝の出来事
「安息日が終わったので」(1) イエスが十字架で死なれ、葬られたのはまさに安息日が始まる直前のことでした。この3人の女性たちは、安息日が明けたらイエスの墓を訪ねてイエスのからだに香油を塗って丁寧な葬りをしてあげたいと考えていました。それで、安息日が明けた翌朝早く、墓に向かいました。今の暦で言えば、金曜の夕方に葬られて、日曜の早朝にそこを訪ねたことになります。彼女たちは、可能な限り早くイエスのところに向かったのです。それほどイエスのことを思い、イエスのために自分たちにできることをしてあげたいと願っていたことが分かります。すると、入り口の石が脇に転がしてあって中に入ると、「真っ白な衣をまとった青年」(御使い)に出会います。彼は「あの方はよみがえられました。ここにはおられません。」(6)と告げて、空の墓を示しました。御使いはさらに、弟子たちにイエスがよみがえられたことと、彼らがガリラヤでイエスにお会いできることを伝えなさいと命じます。そのとき彼女たちはかなり動揺し、そこから逃げ去って、このことを誰にも言わなかったとあります(8)。実はこのあと、よみがえられたイエスが「マグダラのマリア」に現れたことが聖書に記されています(マタイ28、ヨハネ20、マルコ16:9)。御使いだけでなくイエスご自身が、この女性たち、特にマグダラのマリアに現れて、弟子たちに伝えるように告げられました。弟子たちは、彼女たちを通してイエスがよみがえられたことを知らされることになります。

2)イエスはよみがえられた
この日の朝、そんな驚くべきことが起こりました。このことは、「イエスは確かに死からよみがえられた」という事実を示しています。父なる神が、神のご計画と御力により、御子イエスを死からよみがえらせたのです。聖書は、その事実を様々な点から語っています(イエス自身の予告、よみがえられたイエスが女性たちや弟子たちに現れたこと、ペテロやパウロの証言など)。私たちも「イエスは死からよみがえられた」ということを、聖書が記している事実としてしっかりと受け止めたいと思います。

では、イエスがよみがえられたということは、なぜ大切なことなのでしょうか。そのことにはどんな意味があるのでしょう。今日は特に、過去、現在、未来という3つの点から確認したいと思います。
①まず過去のこととして、「イエスは罪と死に勝利をされた」ということです。
「神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。」(コリントⅠ15:57) 「死」というものは、人間が神に背いた結果、罪に対する神のさばきとしてもたらされたことです。しかし、罪の全くない神の御子イエスが十字架で人の罪を負い、償いをしてくださり、さらによみがえられたことによって、イエスは罪とその刑罰である死を打ち破ってくださいました。これは、過去1回限りなされた十字架とよみがえりのみわざによって、私たちを縛り付けていた罪と死から、イエスが解き放ってくださったことを意味しています。イエスを信じて従う者は、もはや罪と死に支配されることはないのです。

②次に、現在のこととして言えることは、「イエスは今も生きて働いておられる」ということです。「したがってイエスは、いつも生きていて、彼らのためにとりなしをしておられるので、ご自分によって神に近づく人々を完全に救うことがおできになります。」(ヘブル7:25) イエスは、十字架で贖いを成し遂げて、死んで終わったのではありません。イエスは今も生きて、私たちのためにとりなしをしておられます。そして、イエスを信じる者たちを救ってくださいます。あの弟子たちは、よみがえられたイエスに出会ったからこそ、大きく変えられました。そのように、イエスは今も生きて働いておられます。私たちも、生きているイエス様に出会って、人生を変えていただき、イエス様との「生きた交わり」の中に生かされているのです。

③そして、未来のこととして言えることは、「イエスを信じる私たちも、イエスと同じようによみがえる」ということです。「しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえりました。」(コリントⅠ15:20) これは、イエスが最初に死に打ち勝ってよみがえり、さらにイエスを信じる者たちもあとに続いてよみがえることを約束しているみことばです。イエスを信じる私たちも新しいからだによみがえり、神とともに永遠を生きる者とされるという希望が与えられているのです。

3)マグダラのマリアのように
最後に、「マグダラのマリア」の信仰に目を留めたいと思います。「七つの悪霊を追い出してもらったマグダラのマリア」(ルカ8:2) 彼女はガリラヤでイエスに出会い、悪霊の支配から解放されました。その感謝と喜びからイエスの弟子となり、イエスに付き従ってきました。マリアは十字架の場面にも葬りの場面にもいて、安息日が明けるのを待ちかねて真っ先にイエスのもとに向かったのです。彼女はどんなことがあっても、イエスから決して離れませんでした。そんなマリアに、イエスは「最初にご自身を現された」のです。それほど彼女は、イエスに信頼されていた「最も忠実な弟子の一人」であったと言えるのではないでしょうか。イエスは彼女に、イエスがよみがえられたことを他の弟子たちに知らせるという大事な使命を託しました。私たちも彼女の信仰にならいたいと思います。

私たちも、イエス様に出会って、イエス様を信じて、罪の赦しをいただき、神の子どもとされました。この大きな恵みを忘れないようにしたいと思います。そして、感謝と喜びをもって、今も生きて働いておられる、私たちの救い主となられたイエス様にどこまでも従い続けてまいりましょう。