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エペソ人への手紙3:17-19 「キリストが心のうちに」  齋藤牧師

【今週のみことば】
「もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ人への手紙2:20)

【礼拝メッセージ要旨】

今日はパウロの祈りの2回目として、17~19節のところからパウロの3つの祈りのことばに学びたいと思います。

1)心のうちにキリストが住んでくださるように
まず1つ目は、「心のうちにキリストが住んでくださるように」という祈りです。「信仰によって、あなたがたの心のうちにキリストを住まわせてくださいますように。」(17a) これは、このあとに続く祈りの大前提となる重要な祈りとなっているように思います。「心のうちにキリストが住む」とは、クリスチャンにとっては当たり前のことと思えることかもしれません。でも、果たして本当に自分の心のうちにイエス様をお迎えし、いつもイエス様を心の真ん中に置いていると言えるでしょうか。
「住む」と訳されることばには、「住み着く」という意味合いがあります。「お客様として一時的に滞在する」ということではないのです。「キリストが私たちの心のうちに住む」ということは、イエスが私たちの「主人として」心に入ってくださり、私たちの内側に「住み着いて」くださるということです。それは、私たちの心をイエスに完全に明け渡すことを意味します。
イエスはラオディキアの教会に対して「あなたがたの信仰は生ぬるい」と忠告し、「わたしは戸の外に立ってたたいている。」と言われました(黙示録3:20)。彼らは富を持っていることで満足して、熱心にイエスに従うことができなくなっていたようです。私たちも、イエス様を第一にしていますと言いながら、肝心なところは明け渡していないということがないようにしたいと思います。「もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:20)この告白のように、パウロは自分自身を完全にキリストに明け渡していました。私たちも、「私の心のうちにイエス様が住んでくださいますように」と願い、祈り続けていきたいと思います。

2)キリストの愛を知ることができるように
次に、2つ目の祈りのことばは、「キリストの愛を知ることができるように」という祈りです。パウロは、あなたがたが愛に根ざして、キリストの愛の大きさを知ることができるようにと祈っています(17b~19a)。ここで「愛」と訳される「アガペー」ということばは、「見返りを求めない無償の愛」のことを意味しています。キリストの「アガペー」の愛がどれほど大きなものであるか、パウロは語っています。「その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるか」(18)、「人知をはるかに超えたキリストの愛」(19) キリストの愛は、人の思いをはるかに超えていて、測り知ることができないというのです。無限に広がる宇宙のように、それ以上に、イエス様の愛は大きくて豊かで深いものだということです。
その「キリストの愛」は、どのように表されたでしょうか。イエスのご生涯を見れば分かります。神であられるお方が、人となって私たちのところに降りて来られ、ヨセフとマリアの息子として私たちと同じように生活をされました。人々に寄り添い、病を癒し、深い愛を示されました。そして、すべての人の罪を代わりに負って十字架でいのちをささげてくださいました。そうして、罪と死に勝利しよみがえられたイエスは、本来神の契約の対象外であった私たちをも救いへと招き入れてくださったのです。このように、私たちには想像もできないような、測り知れない大きな愛をイエス様は表してくださいました。

 「キリストの愛の大きさを知る」とは、ただ知識として知ることではありません。自分自身が受けた恵みとして「体験として知る」ことです。「すべての聖徒たちとともに」(18)それは、「共同体」である「教会生活」を通して、キリストの愛を「見える形で体験する」ことではないでしょうか。「愛に根ざし、愛に基礎をおいているあなたがたが」(17)お互いに愛し合い、仕え合うことを通して、キリストの愛を知るようにされていくのです。しかし一方で、私たちは完全ではありません。関係が近くなるほど問題も起きてきます。そういうときにこそ、私たちの信仰が「試される」のではないでしょうか。私たちは人間関係を通して自分の弱さに気づかされます。そんなとき、イエスの姿を思い起こしたいと思うのです。イエス様は、そんな弱い私たちのためにいのちをささげてくださいました。イエス様の愛の大きさを、自分のこととしてさらに深く知ることが出来るように祈り求めてまいりたいと思います。

3)キリストの豊かさに満たされるように
最後に、3つ目の祈りのことばは、「キリストの豊かさに満たされるように」という祈りです。「そのようにして、神の満ちあふれる豊かさにまで、あなたがたが満たされますように。」(19b) 「キリストの豊かさに満たされる」とは、私たちの内側が「御霊の実」(ガラテヤ5:22-23)に現されるような神のご性質によって少しずつ満たされていくことであると思います。言い換えれば、私たちの内面がキリストの愛によって満たされて、キリストに似る者へと変えられていくようにという祈りです。これは、イエスが私たち一人ひとりに期待しておられることであり、私たちクリスチャンが一生涯かけて求め続けなければならないことです。イエス様の愛を深く味わいながら、私たち自身が内側から変えられていくことを祈り求めてまいりたいと思います。

今日は、パウロの祈りから、3つの祈りのことばに学びました。「心のうちにキリストが住んでくださるように」いつもイエス様を私たちの心の真ん中において、イエス様に心を明け渡していたいと思います。「キリストの愛を知ることができるように」人知をはるかに超えたイエス様の愛を深く味わいながら、私たちもイエス様から受けた愛を表していきたいと思います。そして、「キリストの豊かさに満たされて」、イエス様に似る者へと変えられるように祈り求めてまいりましょう。