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伝道者の書7:1-2 「神の御手の中に」 齋藤牧師
【今週のみことば】
「土のちりは元あったように地に帰り、霊はこれを与えた神に帰る。」(伝道者の書12:7)
【礼拝メッセージ要旨】
今日は、召天者記念礼拝に関連して、私たちの愛する故人のことを偲びながら、「伝道者の書」のことばに学びたいと思います。
1)死のことを考える意味
世の中の多くの人たちは、死に対する恐れや不安を抱いているのかもしれません。しかし、聖書にはこのことに対する答えもはっきりと記されています。聖書を読めば、死とは分からない、恐ろしいものではないことが分かります。
「死ぬ日は生まれる日にまさる」(1)、「祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。」(2)聖書は、「死」のことを真剣に考えることは、とても大切で意味のあることなのだと教えています。「そこには、すべての人の終わりがあり、生きている者がそれを心に留めるようになるからだ。」(2) 人が死を迎えた時、周りにいる人々は、改めてその人と過ごした日々を振り返り、その人が歩んだ人生のことを思い起こします。そして、やがて自分にも死を迎える時が来る、ということを考えるのではないでしょうか。
私は牧師としてこれまで多くの葬儀に関わらせていただいて、一人一人の人生は何と尊く、かけがえのないものであるかということを実感しています。人は皆、神との関係の中で生まれ、生かされ、そして死を迎えます。人は、偶然生まれてきて、成り行きで生きて、死んでいくのではありません。「土のちりは元あったように地に帰り、霊はこれを与えた神に帰る。」(伝道者の書12:7) 人の魂は、やがていのちを与えてくださった神様のもとに帰っていきます。私たちの愛する人たちの魂は、今、神様のご支配の中に置かれているのです。
2)愛されるため生まれた
では、その「神様」とは、どういうお方なのでしょうか。聖書は、はじめからおられた唯一の神が、天地万物を創造されたと語っています。その天の神様が私たちを造り、私たちに「いのち」を与えてくださいました。それだけではありません。神様は私たちをいとおしんでおられます。私たちは「愛されるために」生まれてきたのです。すべての人が、かけがえのない尊いいのちを与えられて、地上に生を受けました。そして、いのちを与えてくださった神様が私たちをこよなく愛し、その人生を守り支え導いてくださいます。先に召された私たちの大切な人々も、神様によっていのちを与えられ愛されて、それぞれの人生を歩まれました。そして、造り主である神様のもとへと帰っていかれました。その人の生も死もすべてご存知で、その大きな御手の中に保っておられる神様を信頼して、私たちの愛する故人の魂のことをお任せしたいと思います。
3)今日一日を大切に生きる
今日の聖書のことばから教えられることとして、心に留めたいことがあります。それは、「私たちに与えられている一日一日を大切に生きる」ということです。地上で自分に与えられている「人生の時間」には限りがあります。「今日一日」は、決して取り戻すことのできない「かけがえのない時間」なのです。その「今日一日」をどう生きるか、私たちは問われているように思います。今、自分に与えられている一日一日を大切に、有意義に生きることをぜひ心掛けたいと思います。
「高齢になった方々が人生で後悔していることは何か」というアンケートの調査結果によると、「もっと家族との時間を大切にすればよかった」とか、「もっとお金を使っておけば良かった」とか、「あの人と仲直りしておけばよかった」というような後悔があるそうです。そうした後悔をしないように、生きているうちに(健康で動けるうちに)、自分に与えられている時間を本当に大切なことに用いることができたら素晴らしいのではないでしょうか。自分の限られた時間を、自分にとって大事だと思えることに、あるいは「今しかできないこと」に用いていきたいと思います。そして、地上での人生を終えるときに、「私の人生、これで良かった」と思えるような生き方をしたいと思います。
4)永遠のいのちの希望
最後に一つ、皆さんにお伝えしたいことがあります。それは、「人は死んで終わりではない」ということです。死の先に続いていく人生がある、ということです。「神は実にそのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3:16) 神様は、神の「ひとり子」である「イエス・キリスト」を私たちに与えてくださったほどに、私たちのことを愛してくださいました。イエス・キリストは、すべての人の罪を代わりに引き受けて、十字架で神のさばきを受けてくださいました。神様は、大切なわが子を犠牲にするようなことをされたのです。それは、このお方を信じる者が、「永遠のいのち」を持つためであると説明しています。「永遠のいのち」とは、神様との関係を回復することを意味しています。神様との正しい関係に入れられて、神様ともに永遠に生きることです。死んでも魂は神とともに生き続ける、という約束です。神様は、すべての人がイエス・キリストを心に迎えて、「永遠のいのち」を受けることを願っておられるのです。
神様は、私たちのことをすべてご存知です。私たちは、神様の御手の中で生かされています。私たちの愛する故人も、神様の愛をいっぱいに受けて、地上の生涯を歩ませていただきました。このことを覚えて感謝をおささげしたいと思います。そして私たちもこの神様に希望を置いて、私たちに与えられている一日一日を大切に生きたいと思います。