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エペソ人への手紙3:14-16 「ひざをかがめて祈ります」 齋藤牧師
【今週のみことば】
「どうか御父が、その栄光の豊かさにしたがって、内なる人に働く御霊により、力をもってあなたがたを強めてくださいますように。」(エペソ人への手紙3:16)
【礼拝メッセージ要旨】
今日の箇所には、パウロのあかしに続いてパウロの祈りのことばが記されています。パウロは、どのように何を祈ったのでしょうか。今日はこの「パウロの祈り」に学びたいと思います。
1)御父の前に祈ります
今日は16節までのところから、パウロの3つの祈りの言葉に目を留めたいと思います。まず、1つ目は、「御父の前に祈ります」という言葉です。「家族という呼び名の元である御父の前に祈ります」(15) このところから、私たちは「誰に対して祈るのか?」ということを改めて教えられるように思います。「家族」と訳される「パトリア」は、「御父」と訳される「パテール」に由来する言葉となっています。「パトリア」は、「父親」を中心とする「一族」(血のつながり)を意味します。つまり、私たちはこのお方に「つながっている」という意味合いが表わされているように思います。私たちはイエス様を信じて、それまで離れていた父なる神様との関係が回復されて、神様との関係に入れられ(つながり)ました。そして、「神の家族」と呼べる大きな「家族」の一員として迎えられたのです。その「家族」の中心は、「父なる神様」です。その大きなお方が小さな私たちのことを愛してくださり、心配し、私たちの祈りを聞いてくださるということです。私たちはこのお方に対して祈りをささげているのだ、ということを忘れないようにしたいと思います。
2)ひざをかがめて祈ります
2つ目の祈りの言葉は、「ひざをかがめて祈ります」という言葉です。「ひざをかがめて~祈ります。」(14,15) このところから、「祈りの姿勢」について教えられるように思います。「ひざをかがめて祈る」とは、「身を低くして」祈りをささげることを意味しています。神の前に身を低くして、へりくだって祈る姿勢です。「形」ではなく、「心から」神の前にへりくだることです。それは、神に信頼して、「神に明け渡す」という心の態度を表しているのではないでしょうか。私たちが祈りをささげるとき、神から受けている恵みへの感謝をもって、神に信頼し、一切を神のみこころにゆだねる思いを持って祈ることが求められています。祈りの答えがどのようなものになろうとも、それが神のみこころだと受け止めて、感謝して受け入れることが大切だと思います。そのように、「一切を神に明け渡す」思いを持って、心からの祈りをおささげしたいと思います。
3)あなたがたを強めてくださいますように
3つ目の祈りの言葉は、「あなたがたを強めてくださいますように」という言葉です。「どうか御父が、~力をもってあなたがたを強めてくださいますように。」(16) あなたがたは「強くされる」必要があると言っているようです。では、「強められる」とは、どういうことを意味しているのでしょうか。
「内なる人に働く御霊により」(16) 「内なる人」とは、キリストを救い主として受け入れた時に新しくされた自分のことを意味します。一方で、「外なる人」とは、私たちが生まれながらに持っている人間性のことを指しています。誰でもイエスを信じるならばその人は新しく造られる、と聖書は約束しています(コリントⅡ5:17)。その新しくされた自分が「内なる人」なのです。しかしながら、イエスを信じれば、その瞬間から完全に聖くされるということではありません。クリスチャンになっても失敗はするし、罪を犯してしまいます。なぜならば、私たちのうちには「罪の性質」が残されているからです。私たちは、一生涯かけて自分の中にある罪の性質と戦いながら、聖霊の助けをいただいて、少しずつ変えられていく(成長していく)必要があります。これがクリスチャンライフです。私たちの中には、罪の性質を持つ「外なる人」と、聖霊によって新しくされた「内なる人」が同居していると言えます。パウロ自身、そのことを自分のこととしてよく分かっていました(ローマ7:21-23)。それは、私たちの現実の姿でもあります。
そのように、私たちは決して強くはありません。本当に「弱い者」なのです。だからこそ、「内なる人」が強くされる必要があります。「強くされる」とは、「自分の内側から変えられる」ということであると思います。かつて肉の欲のままに生きていた「古い自分」が、聖霊の力をいただいてイエス様のご人格に似るように「新しい自分」へと変えられていくことです。「自分中心」の生き方から、「神中心」の生き方へと変えられていくことです。
私たちも、このことを、ぜひ自分のために祈りたいと思います。「私の内なる人を強くしてください」と真剣に祈ることです。あるいは、自分の弱いところが強くされるように心から願うことです。天の神様は、私たちがイエス様の姿に似るように成長することを願っておられます。自分の弱さに気づかせていただけるように、そして、私たちの内なる人が強くされて、弱さに打ち勝つことができるように、一生涯かけて求め続けてまいりましょう。
私たちが祈りをささげるお方は、私たちを神の家族の一員として迎えてくださった、「天のお父様」です。その大きなお方に、心からへりくだって、信頼を持って、「一切を明け渡す祈り」をおささげしたいと思います。そして、私たちの「内なる人が強められるように」祈り続けてまいりましょう。