主日礼拝メッセージ(赤文字をクリックするとメッセージが聴けます。MP3ファイル)

エペソ人への手紙1:15-19 「心の目が開かれて」  齋藤牧師

【今週のみことば】
「どうか、私たちの主イエス・キリストの神、栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。」(エペソ人への手紙1:17)

【礼拝メッセージ要旨】

パウロは、神への賛美に続いてエペソ教会の人々のために祈りをささげています。今日は、このパウロの祈りに学びたいと思います。

1)神を深く知るように
「祈るときには、あなたがたのことを思い、絶えず感謝しています。」(16) パウロは獄中にありながらも、各地の教会のことを思い、絶えず感謝をささげ、彼らのために祈りをささげていました。私たちも、愛する家族や周りにいる人たちのことを覚えて、絶えず祈る者となりたいと思います。
では、パウロはどんなことを祈ったのでしょうか。パウロがエペソ教会の人々に願ったこととして、大きく2つのことに目を留めたいと思います。まず一つ目のことは、「神をさらに深く知るように」という祈りです。「神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように」(17) これは、現代語訳聖書では「あなたがたに知恵と啓示との御霊を与えて、神をさらに深く知ることができるようにしてくださるように。」と訳しています。パウロがエペソ教会の人々にまず願ったことは、彼らが神をさらに深く知るようにということでした。「知る」と訳されることばには、ただ知識として知るということではなくて、体験的に知るとか、個人的に知るというような意味があります。そういう意味では、私たちは神のことをまだまだ知らないと思います。神のことをさらに深く、個人的に知るために私たちはどうすればいいのでしょう。神と個人的に交わることです。そのために、一人静まってみことばを読んで思い巡らし、祈るときを大切にする必要があります。神の前に出て、神と対話するときを持つことです。神のことを深く知る(個人的に交わる)ことはとても大きな祝福であり、神をより身近に感じられることにつながります。神のことを知るためには、聖霊の助けが必要です。パウロは、そのために「知恵と啓示の御霊をあなたがたに与えてくださいますように」(17)と祈りました。「聖霊が働いて、神のみこころがよく分かるように助けてください」という祈りです。私たちも、神様のことをさらに深く知ることができるように、聖霊様の導きに従ってまいりたいと思います。

2)心の目が開かれるように
パウロがエペソの人々のために願ったもう一つのことは、「心の目が開かれるように」という祈りです。「あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって」(18) 「心の目が見える」とは、心の目に光が当てられて、それまで見えていなかったことが見えるようになる(分かるようになる)ことです。それは、今は見えていない現実があるということでもあります。
では、心の目が見えるようになることで何が見えてくるのでしょうか。パウロは2つのことを挙げています。一つは「望み」、クリスチャンに与えられている希望です。「神の召しにより与えられる望みがどのようなものか」、「聖徒たちが受け継ぐものがどれほど栄光に富んだものか」(18) イエスを信じる者には「御国を受け継ぐこと」が約束されています。それは「永遠のいのち」が約束されているということです。イエスが死からよみがえられたように、やがて私たちも新しい体によみがえり、天の御国に迎え入れられて永遠を神とともに過ごすことができるという希望が与えられているのです。この「栄光に富んだ」すばらしい希望をしっかりと心に留めて、今与えられている一日一日をイエス様に信頼しながら精一杯歩んでいきたいと思います。

3)神の大能の力が働いて
「また、神の大能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力が、どのように偉大なものであるかを知ることができますように。」(19)ここに、 心の目が見えるようになって見えてくるものとして2つ目のことが表わされています。それは、「神の大能の力が信じる私たちのうちに働いている」ということです。私たち人間は本当に弱く小さな者ですが、この非力な私たちのうちに全能の神の力が働いているというのです。そのことは、自分がイエス・キリストを自分の救い主として信じることができたことと、クリスチャンとして歩み続けていることからも実感できるのではないでしょうか。私たちがイエスを信じたのは、聖霊が働いて私たちの心を動かしてくださったからです。聖霊が私たちのうちに揺るがない「内なる確信」を与えてくださいました。それは、自分の努力や意志でできることではありません。私たちのうちに「神の大能の力」が働いたからです。また、私たちがイエスを信じてからも神の力は働いています。私たちが日々罪と戦って、イエスに従って一生涯歩み続けるということは、自分の力では到底不可能なことだと思います。自分のうちに、神の全能の力が聖霊を通して働いて、その助けがあるからこそ、イエス様に従い続けることが出来るのではないでしょうか。この神様の偉大な力が私たちのうちに働いて、弱い私たちを、この世にあって助け導いてくださいます。この恵みを覚えて、ともにいてくださる聖霊様の御声に聞き従って歩んでまいりましょう。

クリスチャンには、こんなにもすばらしいものが与えられています。将来の確かな望みがあります。今、神の偉大な力が私たちのうちに働いています。このことを心から信じましょう。今、目の前に置かれている問題や苦しい状況に心を奪われて、心の目が見えなくなっているということはないでしょうか。天に目を向けたいと思います。そして、心の目が開かれて、神様のすばらしさをさらに深く知ることができるように、祈り求めてまいりたいと思います。