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エペソ人への手紙1:7-12 「あふれるばかりの恵み」 齋藤牧師
【今週のみことば】
「このキリストにあって、私たちはその血による贖い、背きの罪の赦しを受けています。これは神の豊かな恵みによることです。」(エペソ人への手紙1:7)
【礼拝メッセージ要旨】
今日はこの箇所から、「キリストにあって私たちが受けている恵み」について思いを巡らしたいと思います。私たちは、本来「恵み」を受けるに値しない者であったにもかかわらず、神は私たちに豊かに恵みを注いでくださいました。では、神は私たちにどんな「恵み」を与えてくださっているのでしょうか。今日の箇所から、特に4つの点に目を留めたいと思います。
1)キリストの血による贖い
1つ目の恵みは「贖い」です。「このキリストにあって、私たちはその血による贖い、背きの罪の赦しを受けています。」(7) 「贖い」という言葉には、「買い取る」とか「買い戻す」という意味があります。経済的に苦しくなって自分の身を奴隷として売り渡した人を、家族や親せきが代価を支払ってその人を「買い戻す」行為のことを指しています。そのように、神は私たちを「贖われる」というのです。すべての人は生まれながらにして「罪の奴隷になっている」と聖書は語っています。私たちは何が正しいことなのか分からずに罪の奴隷のようになり、欲望のままに生きています。そんな私たち人間を神はあわれみ、大きな代価を払って「人を罪から贖う」ということをご計画されました。そのために支払われた「代価」が、神のひとり子イエス様のいのち、つまり「キリストの血」です。神は私たちを贖うために、ひとり子イエス様を遣わしてくださいました。そしてイエス様は、私たちの罪を償うために十字架で命をささげられました。私たちは、その大きな恵みを受けているのです。
2)背きの罪の赦し
2つ目の恵みは「赦し」です。「~背きの罪の赦しを受けています。」(7) 私たちが神に背いて生きてきたその罪を、神は「赦して」くださるというのです。「赦す」という言葉には、もともと「取り去る」とか「覆う」という意味があります。私たちの罪を取り去り、あるいは覆って、私たちを罪のない者と認めてくださることです。しかしそれは、私たちの罪を「見逃す」ということではありません。聖い神のご性質上、罪は必ず処罰されなければならなりません。では、何を根拠に、神は私たちの罪を赦されるのでしょうか。イエスが十字架で流された血潮のゆえにです。神はキリストにおいて私たちの罪を処罰されました。自分の罪を認め、悔い改めて、イエスの十字架の贖いを信じ受け入れる者を神は赦してくださいます。これが、キリストにある「罪の赦し」です。この恵みを私たちは受けています。
「この恵みを、神はあらゆる知恵と思慮をもって私たちの上にあふれさせ」(8) 神の恵みが、「あふれるほどに、惜しみなく」私たちの上に注がれているのです。大切なひとり子を犠牲にしてまで、私たちを罪の奴隷から救い出し、ご自身のもとに取り戻そうとされた、神の大きなご愛がここに現されています。この素晴らしい恵みを、決して忘れないようにしたいと思います。
3)一つに集められること
3つ目の恵みは「教会の交わり」です。「みこころの奥義」(9)である「救いのご計画」は人に秘められてきましたが、時が満ちてキリストによってそのご計画が実行に移され、私たちに知らされました。「天にあるものも地にあるものも、一切のものが、キリストにあって、一つに集められることです。」(10) これは「教会」のことを指しています。贖われ、罪の赦しを受けた者は、教会のかしらであるイエスのもとに一つに集められるということです。つまり、キリストのからだである教会の一員として加えられることです。私たちは、イエス様によって、一人ひとりがつなぎ合わされています。倒れても起こしてくれる仲間、助け合う仲間がいるのです。これが、教会のすばらしさです。
4)御国を受け継ぐ者となる
最後に4つ目の恵みは「御国を受け継ぐ者となる」ということです。「キリストにあって、私たちは御国を受け継ぐ者となりました。」(11) 「御国」とは、神のご支配の中に置かれている状態のことを意味しています。私たちは今すでに神のもとされ、神のご支配の中に置かれています。すでに「御国」に入られているのです。しかし、地上にいるうちはまだ完全な状態ではありません。私たちの中にはまだ罪の性質が残されているからです。私たちには弱さがあり、教会も不完全です。それでも教会は、御国のすばらしさを映し出していると思います。弱さはあっても、そこで愛し合い、赦し合い、助け合いがなされます。そしてやがて、イエス様が再びこの地上に来られるときには、私たちは完全なからだに変えられると約束されています。そして、完全な形で「御国を受け継ぐ」のです(黙示録21:3,4など参照)。
5)神の恵みを受けた者として
私たちは、こんなにもすばらしい恵みを、しかもあふれるほどに受けています。恵みを受けるにふさわしくない者に神は目を留めてくださり、イエス様が十字架で流された血潮によって、私たちを罪から贖い、私たちの背きの罪を赦してくださり、キリストのからだである教会の一員として加えてくださいました。そして、私たちを神の子としてくださり、御国を受け継ぐ者としてくださいました。何という恵み、何というあわれみでしょう。まさに「驚くばかりの恵み」です(Amazing Grace)。「神の恵みを受けた者」として、受けた恵みに応えて生きる者となりたいと思います。
神は、私たちをこれほどまでにあわれみ、愛してくださり、あふれるばかりの恵みを豊かに注いでくださいました。この恵みを決して忘れないようにしたいと思います。そして、これからも神に信頼し、救い主イエス様とともに人生を歩んでまいりましょう。