主日礼拝メッセージ(赤文字をクリックするとメッセージが聴けます。MP3ファイル)

エペソ人への手紙1:1-6 「祝福してくださる神」  齋藤牧師

【今週のみことば】
「神はキリストにあって、天上にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。」(エペソ人への手紙1:3)

【礼拝メッセージ要旨】

今日から新たに、エペソ人への手紙から学んでまいりたいと思います。

1)この書の背景
この書は、使徒パウロがエペソの教会に宛てて書かれた手紙とされています。エペソは、小アジア(現在のトルコ西部)にあるエーゲ海に面した港町で、アジア州の首都として栄えた一大商業都市でした。パウロは、このエペソを度々訪ね、福音を宣べ伝えて、町の多くの人々がイエスを信じて「教会」が起こされていきました。その後、パウロはローマの獄中からこの書を書き送りました(獄中書簡)。パウロはこの書の中で、「キリストのからだなる教会」について多くを語っています。

2)神は私たちを祝福してくださった
パウロは、「神のみこころによるキリスト・イエスの使徒パウロから」と自己紹介しています(1)。彼は、自分が神のあわれみと恵みによって救われ、使徒とされたことをよくわきまえていました。
パウロはまず神をほめたたえています(3)。彼は、ローマの獄中という困難な状況の中にあっても神をほめたたえていたのです。「神はキリストにあって、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。」(3) この「祝福」とは、父なる神が神の御子イエスによって成し遂げられた「救いのご計画」のことを指していると思います。イエスは、すべての人の罪を代わりに負い、十字架で私たちの罪の償い(贖い)を成し遂げてくださいました。イエスを信じ受け入れる者は、罪赦されて、神との関係が回復され、神の子どもとされるのです。これが、「神の救いのご計画」(キリストによる祝福)です。パウロは、この祝福を「天上にあるすべての霊的祝福」と表現しています。「霊的祝福」とは、永遠に続く無限の祝福のことです。神の子とされて、永遠に神とともに生きる者とされること、つまり「永遠のいのち」を受けることです。それは、私たちの心に変わることのない、本当の安らぎと本当の喜びを与えてくれるすばらしい祝福なのです。神は、そんなにもすばらしい「霊的祝福」を私たちに注いでくださいました。

3)世界の基が据えられる前から
では、神は私たちをどのように祝福してくださったのでしょうか。4節と5節から大事なことを2点確認したいと思います。
1つ目のことは、「永遠の昔から私たちを救いに選んでおられた」ということです。「世界の基が据えられる前から」(4)何と神は、 私たちが生まれるはるか昔から私たちを選んでくださっていたというのです。「神の選び」について、昔から多くの議論がなされてきましたが、人間の理屈では到底説明しきれません。なぜならば、神のみ思いは人の思いをはるかに越えたところにあるからです。でも、聖書がはっきりと語っていることがあります。それは、アダム以来、人間は皆生まれながらにして、罪のためにその罰を受けなればならない運命にあったということです。しかし、神はそんな人間を愛し、あわれみ、何とかして罪から救おうとしてくださいました。そのためにひとり子イエス様を送ってくださったのです。

4)みこころのままに
2つ目のことは、「みこころのままに私たちを救いに定めておられた」ということです。「みこころの良しとするところにしたがって」(5) 神が良しとされて、私たちを救ってくださったというのです。私たちが救いを求めて一生懸命聖書を読んだからでもなく、熱心に教会に通ったからでもなく、善行を積んだからもありません。ただ神のみこころのままに、恵みによって、救いへと定めてくださったということです。私たちは、自分がイエス様を信じてクリスチャンとされたことを素直に喜びたいと思います。そして、神によって選ばれていたことを心から感謝したいと思います。本来、救われる資格の全くない罪深い者であった私たちを、神はこれほどまでに愛し、あわれんでくださいました。そして「聖なる、傷のない者」(4)にしようとしてくださったのです。何というあわれみ、何という恵みでしょう。ルカ19章にある「取税人ザアカイ」の姿を思い起こします。イエスはザアカイに目を留め、「わたしは今日、あなたの家に泊まることにしているから。」(ルカ19:5)と言われたのです。私たちも、まさにザアカイのようなものではないでしょうか。この恵みに感謝して、喜んでイエス様にお従いしたいと思います。

5)神をほめたたえる者となる
神はなぜ私たちを祝福してくださるのでしょうか。それは、私たちが神をほめたたえる者となるためです(6)。パウロはローマの獄中にありながらも、神の素晴らしさをほめたたえずにはいられませんでした。ヨハネの黙示録4:10,11に、神の御座の周りで24人の長老たちが「自分たちの冠を投げ出して」神をほめたたえている姿が描かれています。自分の誉れや栄光と言えるものを手放してまで、「あなたこそ栄光と誉れと力を受けるにふさわしい方です」と告白し、主を賛美したのです。私たちもこのような思いで、心からの感謝と喜びにあふれて主を賛美し、ほめたたえる者となりたいと思います。私たちの生活を通して神のすばらしさを表わすことができたら、そして神に栄光をお返しすることができたら、どんなことにもまさる大きな喜びではないでしょうか。

神は、私たちをこれほどまでに祝福してくださいました。私たちをはるか昔から、みこころのままに救いへと選んでくださり、イエス様によって、神の子どもとされるように定めてくださっていたことを心から感謝しましょう。そして今置かれているところで、神のすばらしさをほめたたえる者となりたいと思います。