主日礼拝メッセージ(赤文字をクリックするとメッセージが聴けます。MP3ファイル)

エペソ人への手紙4:7-16 「愛のうちに建てられる教会」  齋藤牧師

【今週のみことば】
「キリストによって、からだ全体は、あらゆる節々を支えとして組み合わされ、つなぎ合わされ、それぞれの部分がその分に応じて働くことにより成長して、愛のうちに建てられることになります。」(エペソ人への手紙4:16)

【礼拝メッセージ要旨】

今日は、今年度の目標聖句(エペソ4:16)に関連して、「愛のうちに建てられる教会」と題して学びたいと思います。

1)「教会の成長」とは?
パウロは、エペソ人への手紙の中で、特に「キリストのからだである教会」ということについて大切なことを教えており、この箇所では「教会の成長」について語っています。人が生まれたばかりの赤ん坊から大人へと成長するように、クリスチャンの群れである「教会」も成長しなければならないというのです。そのことを、教会を「建て上げる」という表現で説明しています。教会が「成長する」とは、ただ単にそこに集う人の人数が多くなったり、組織としての規模が大きくなったりすることではありません。この箇所で教会が成長するために大切なことをいくつか教えていますが、特に3つの点から確認したいと思います。

2)個人の成長
まず1つ目のことは、「個人の成長」です。「一人の成熟した大人となって」(13) 人は、人として「成熟する」ことが期待されます。例えば、誠実さや寛容さや善意といったものが、その人の言葉や振る舞いから自然と感じられるとしたら素敵ですね。しかし、自分の力で身に着けようと思っても難しいことです。すべての人の心には罪の性質(自己中心性)があるからです。では、私たちが成熟した大人となるためにどうすればいいのでしょうか。「キリストの満ち満ちた身丈にまで達するのです」(13) イエスを模範として、少しずつイエスに似るように変えていただくことです。そのために大事なことは、「自分自身をイエスに明け渡す」ことだと思います。常にイエスとの個人的な交わりを保ちながら、イエスとともに人生を歩んでいくことです。イエスは、ご自身と私たちの関係を「ぶどうの木と枝」にたとえられました(ヨハネ15:4)。枝が木につながっていれば、木から養分を受け取って豊かに実を結ぶことが出来ます。そのように、イエスにしっかりとつながり続けていれば、自然とイエスに似るように変えられて、「実を結ぶ」ことが出来るのです。その実とは、例えばガラテヤ5:22に「御霊の実」として挙げられています。果たして、自分はイエスに似るように変えられたいと願っているでしょうか。イエス様に自分自身を明け渡しながら、成熟した大人へと成長させていただくことを求めてまいりたいと思います。

3)教会としての成長
次に2つ目のことは、「教会としての成長」です。パウロは、一人ひとりが成長するだけでなくて、教会として成長することの大切さを語っています。そのために、神は私たち一人ひとりに「賜物」を与えてくださいました(7)。みこころのままに、一人ひとりにそれぞれ異なる賜物が与えられています。神は、私たちがお互いに仕え合い、皆の益となるように賜物を与えてくださいました(ペテロⅠ4:10)。お互いに、自分に与えられている賜物を用いて仕え合うことによって、教会は成長できるのです。

 また、キリストのからだである教会は、からだを構成する一人ひとりが「組み合わされ、つなぎ合わされて」こそ成長できると教えています(16)。一人ひとりにどんなにすばらしい賜物が与えられていても、バラバラでは大きな力となって働くことはできません。「つなぎ合わされる」ことによって、一つのからだとして機能するのです。人のからだの四肢が関節によってつながれて、自由に動けるように、教会も一人ひとりの個性や賜物は生かされながら、束縛されることなく、それでいてつなぎ合わされていて、一つのキリストのからだが建て上げられていきます。一方で、人間的な力で相手を束縛しないということは大事なことだと思います。「深い絆」ということをあまり強調してしまうと、「村社会」のように閉鎖的になってしまい、窮屈に感じることもあるかもしれません。「それぞれの部分がその分に応じて働くことにより成長して」(16) 自分の「分」をわきまえながら、自分に与えられている賜物を用いて、自分の役割を担っていくことが求められているのです。

4)愛のうちに建てられる教会
3つ目に確認したい大切なことは、「教会は愛のうちに建てられる」ということです。「からだ全体は~愛のうちに建てられることになります。」(16)イエスは、私たちのために十字架でいのちをささげてくださったほどに、私たち一人ひとりを愛してくださいました。このキリストの愛が、教会に集っている一人ひとりを結び合わせているのです。「謙遜と柔和の限りを尽くし、寛容を示し、愛をもって互いに耐え忍び」(4:2) 「謙遜、柔和、寛容、愛」これらのことは、まさにイエスが身をもって示されたことです。そのように私たちも、お互いに謙遜と柔和の限りを尽くし、寛容を示して、何よりもイエス様から受けた愛をもって仕え合いたいと思います。

その上で心に留めたいことは、自分のしていることが「愛の動機」から出ているかということです。人と比べることなく、イエス様への感謝と喜びから、進んで人に仕えることが出来たら素晴らしいのではないでしょうか。また、もう一つ忘れてはならない大切なことは、教会を建て上げるのは「人」ではなく、「キリスト」であるということです。教会の「かしら」はイエス様です(15)。祈りながら、イエス様のみこころを確認し、イエス様に信頼ながらゆだねていきたいと思います。

今年度一年、このみことばをしっかりと心に留めながら、「愛のうちに建てられる教会」を目指して、共に仕え合ってまいりましょう。