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マルコの福音書16:15-20 「福音を宣べ伝えなさい」 齋藤牧師
【今週のみことば】
「全世界に出て行き、すべての造られた者に福音を宣べ伝えなさい。」(マルコの福音書16:15)
【礼拝メッセージ要旨】
これまで1年半に渡って学んできました「マルコの福音書の学び」も今日で最終回となります。よみがえられたイエスは、弟子たちに「出て行って、福音を宣べ伝えなさい」という使命を与えられました。
1)弟子たちをケアするイエス
よみがえられたイエスは弟子たちに現れて、彼らの霊的な「ケア」をなさいました。例えば、エマオの村に向かっていた二人の弟子たちに現れて、彼らの心が燃やされた出来事(ルカ24章)や、イエスのよみがえりを信じようとしないピリポに現れて、彼が「私の主、私の神よ」と告白したこと(ヨハネ20章)が記されています。またイエスは、イエスを3度否んだペテロに現れて、「あなたはわたしを愛していますか」と、3度赦しの機会を与えられました(ヨハネ21章)。この取り扱いを受けて、ペテロは赦されたという確信を持つことが出来たようです。このときからペテロは大きく変えられていきました。
2)福音を宣べ伝えなさい
そうしたイエスの弟子たちへの取り扱いの中で、イエスが彼らに命じられたことが15~18節に記されています。「全世界に出て行き、すべての造られた者に福音を宣べ伝えなさい。」(15) イエスは、世界中のすべての人に福音を宣べ伝えよ、という使命を弟子たちに与えたのです。
「福音」と訳されている言葉には、「良い知らせ」(喜びの知らせ)という意味があります(英語では「Good News」)。それは、すべての人にとっての「良い知らせ」のことです。一言でいえば、「この世界を造られた神様は、神の御子イエス・キリストをこの世に遣わしてくださったほどに、あなたのことを愛しておられます。」このように言えると思います。神様が、あなたのことを覚えておられて、これほどまでに愛してくださっているという「素晴らしい、喜びの知らせ」なのです。
神は、この良い知らせである「福音」をすべての人に届けたいと願っておられます。そのために神は人を用いられます。そして、最初に用いられたのがあのイエスの弟子たちでした。彼らはイエスを見捨てて逃げ出してしまうような本当に弱い者たちでしたが、イエスは彼らを決して見捨てずに、個人的にケアをし、彼らが立ち直れるように力づけました。そして、大切な使命を彼らに託されたのです。
16~18節には、イエスを信じる者たちにはこういう「しるし」が伴うということが語られています。「信じてバプテスマを受ける者は救われます」(16) これは、イエスを信じてバプテスマを受けることが「救われる」ことの条件だということではありません。イエスを信じたならば、その信仰の表明として、また自分自身の決意表明としてバプテスマを受けるということです。また、17,18節にある数々の奇跡は、当初、福音が広まるために必要なこととして神がなされたみわざであったようです。神は信仰者を用いてご自身のみこころをなさいます。私たちにとって最大の奇跡は、自分がイエスを信じることが出来たことと言えるのかもしれません。
3)変えられた弟子たち
では、イエスのケアを受け、福音宣教の使命を託された弟子たちは、その後どうしたでしょうか。「弟子たちは出て行って、いたるところで福音を宣べ伝えた。」(20) ここに、あの情けない弟子たちが大きく変えられた姿が表わされています。ユダヤ人たちを恐れ、家に鍵をかけて引きこもっていた弟子たちが外に出て行きました。そして、行った先々で「福音を宣べ伝え」たのです。彼らは大胆に、迫害をも恐れずにイエスのことを語り伝えました。その先頭に立っていたのがあのペテロでした。彼らはイエスから受けた使命を忠実に果たし、やがて日本にいる私たちのもとにも福音が届けられました。
4)私たちにできること
では、イエスが弟子たちに命じられた「大宣教命令」を、私たちはどう受け止めればよいのでしょうか。この命令はすべての信仰者に対して告げられていることです。神は、私たちをも用いて福音を伝えたいと願っておられます。では具体的に、私たちはどのように「福音を宣べ伝える」ことが出来るのでしょう。「出て行って」ということは、私たち一人ひとりは、今いるところに「遣わされている」ということでもあります。私たちは、家庭や職場や地域社会などの様々な人間関係の中に、イエスによって「遣わされている」のです。そしてそこで「福音を宣べ伝える」ことが期待されています。とは言っても、相手の都合を考えないで一方的に働きかけても、逆に心を閉ざされてしまうこともあるでしょう。むしろ、良い関係を築いて、信頼関係を通して自然と自分の信じている良いもの(福音)を伝えられたらいいのではないでしょうか。また、福音を伝えることは、議論をして相手を言い負かすことでも、相手を説得することでもないと思います。ノルマのようなものでもありません。一番大事なことは、自分がイエスを信じたことによって今本当に喜んでいるということが、自然な形で周りの人々に伝わることだと思うのです。また、イエスが教えられた神を愛し、人を愛する生き方を心掛けることによって、私たちのことばや普段の振る舞いに表われてくるのだと思います。そうした私たちの姿を見て、関心を持った人に自分の経験したこととして証しし、イエスのことを紹介できればよいのではないでしょうか。エルサレムで誕生した最初の教会で、人々が心から喜んで集まり、神を賛美し、助け合っている姿に町の人々は好意を持ち、そこに加わる人たちが起こされていきました(使徒2:47)。私たちも、そんな生き方を表していけたらいいなと思います。
私たちもイエス様に出会い、救っていただいた喜びと感謝をもって、自分にできるやり方で、この良い知らせである「福音」を周りの人々に伝えてまいりましょう。